こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
先日、とっても嬉しいことがあったんです。
大好きな友だちに、赤ちゃんが産まれたんです。
出産予定日より10日も遅れての難産でヘロヘロなのに、友だちは写真や動画を送ってくれました。
いつも仲良くしてる他の友だちとも、その写真や動画、赤ちゃんの誕生の喜びを分かち合えて、とっても嬉しかったんです。
出産を頑張った友だちの顔と、あどけないようで堂々とした赤ちゃんの表情がたまらなく愛おしくて、何回も何回も見返しています。
産まれたばかりなのに、一丁前にくしゃみする動画が、とにかくかわいくて、今私の癒しになっています。
それと、赤ちゃんと、私は同じ誕生日になったんです。
しかも、私の息子の名前とほぼ同じで、「絶対私たちご縁あるよね」「繋がりあるでしょう」と、勝手に親近感を感じてしまって・・・もう親戚のおばちゃん気分で一杯なんです。
だから、会いたいなぁって、実際に会えるの待ち遠しいんです。
コロナの流行が止まらないから、まだしばらく会えないけれど、
赤ちゃんがどのくらい大きくなったら会えるかしら、会ったら抱っこさせてもらおう、少し大きくなったらたくさん遊んであげよう、なんてそんなことばかり考えています。
素直に、友だちの赤ちゃんの誕生を喜べる私でいられること、嬉しいなって、ありがとうって思っています。
私に赤ちゃんができたとき、やっぱりすごくすごく嬉しかったなって思い出しました。
赤ちゃんがやってきたこと、私だけじゃなくて、たくさんの人が喜んでくれたんだよなって思い出しました。
みんなが喜んでくれたこと、それもすごく嬉しかったなって思い出しました。
私たち夫婦は、結婚して何年か子どもができませんでした。
調べてみると、卵管閉塞が見つかりました。
治療して、タイミング指導を受けて、それでもなかなか子どもできなかったんです。
毎月妊娠していないとわかると、がっかりしました。
芸能人の妊娠のニュースにすごく嫌な気分になって落ち込んだし、病院の先生の治療や指導が悪いんじゃないかって腹を立てました。
そんな時、私が不妊症治療をしていると知らない父が、嬉しそうに妹の妊娠の報告の電話をしてきたんです。
私は、妹の妊娠を少しも喜べなくて、「なんでうちには赤ちゃんがきてくれないんだろう」って大泣きして夫を困らせたことがありました。
私と妹に「孫が欲しい」なんて一切言わなかった父でしたが、嬉しさを押さえきれなく、私に連絡してきたんです。
子どもが好きな私なら、きっと一緒に喜んでくれるだろうって思ったんだと思います。
でも、あの時、私は口では「よかったね」と言っていたけど、はじめて聞いた時には、全然喜んであげられなかったんです。
妹のお腹がどんどん大きくなって、父も母も赤ちゃんのための準備を楽しそうにしていました。
実家に帰れば、産まれてくる孫の話題ばかりで、居心地が悪かったのを覚えています。
なんとなく妹に負けてしまった気持ち、感じていたと思います。
そんな私の気持ちを察した母は、「今時、子どもはいなくてもいいわよね」と、私だけに言いました。
母もまた、私が赤ちゃんが欲しくて通院しているとは知りませんでした。
その時、私は、母が私を慰めてくれているんだなって思いました。
それから数か月して、私もやっと妊娠することができました。
そのころには、私も、妹に赤ちゃんが産まれてくることが楽しみになっていました。
産まれたら見に行くからって、連絡もらえるように頼んでもいました。
私の妊娠がわかったのは、ちょうど妹の赤ちゃんの産まれた時期でした。
甥っ子が産まれた病院に向かうとき、私は気持ち悪くて、気持ち悪くてぐったりしていました。
それでも、私の甥っ子の顔が見たくて、夫に病院に連れて行ってもらったんです。
その後、私は、病院できちんと妊娠できていること、順調であることを確認してもらいました。
病院を出て家に着く前に、外から母に電話をしました。
そして母に、「私にも赤ちゃんができたの」って報告しました。
「エコー写真を撮ってもらったら、お豆みたいなまあるい赤ちゃんが写っていたの」って言いました。
「今時、子どもはいなくてもいいわよね」と言った母なのに、
「嬉しいでしょう。よかったねー」「お母さんも赤ちゃんができたとき、すごく嬉しかったわ」って言ってくれました。
私は、その言葉が嬉しくて、涙が出ました。
妹の妊娠を、はじめは喜んであげられなかった私だったけれど、喜んでもいいんだって許されたような気がして涙が出ました。
私の妊娠も出産も、父も母も妹も、義母父も、祖母も、叔父叔母も、親戚みんなが喜んでくれました。
ずっと治療してくれた先生も看護師さんも喜んでくれました。
友だちも、職場の人たちも、近所の人たちも喜んでくれました。
私は、それがすごくすごくすごく嬉しかったんです。
友だちの赤ちゃんが産まれてきてくれたことで、私はたくさんの愛や喜びを思い出させてもらいました。
ありがとう、本当におめでとう。
誰もが愛すべき存在
私たちは、誰もが愛されるにふさわしい存在です。
なぜなら、私たちの心は、助けたい、喜ばせたい、愛したいという願いを持っていますし、人の喜びが生きがいであるのが私たちだからです。
誰かを喜ばせようとするあなたは、それだけで愛される存在なのです。
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あなたが、誰かの喜びであると心から信じられますように。
あなたが、愛の世界で生きられますように。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
