こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
私の母は、60代で認知症になりました。
老人の認知症にしては、早めに発症した方です。
そんな母に認知症の初期症状が出たのは、ちょうど病気の父が亡くなる数か月前でした。
当時の私は、父が亡くなってしまうショックから、母は精神的に落ち込んでいるんだなと思っていましたし、時間が解決するものだと軽く考えていました。
でも、振り返ってみると、私は軽く考えていたのではなく、「まさか、そんなはずはない!」「まだそんな年齢じゃない!」と、受け入れることを拒否していたんです。
私自身が、父が居なくなってしまうことを何とか受け入れている状態だったので、母まで認知症になってしまったら・・・と、考えたくはありませんでした。
「精神的に落ち込んでいるだけ」「まだボケるのは早い」と、心を穏やかに保つために一生懸命自分で自分に言い聞かせていたんですね。
だから、母の ちょっとした間違いは気にしないようにし、気づかないようにしました。
それなのに母は、見過ごせない物忘れをしたり、話が理解できなかったりすることもあって、その度に私は焦り腹を立てました。
「お母さん、何やっているの」「お母さん、ちゃんとして」と、きつく言うこともよくありました。
勝手な話ですが、母が認知症であっては困るから、どうにかして認知症ではないという行動を母にして欲しかったんです。
実は、こんな風に親の衰えていく変化に気づいた時、子どもや家族に戸惑い否定する気持ちが出てくることは、ごく自然なことです。
これは、老いていく親自身も同じように感じるもので、時間の経過とともに変化していきます。
戸惑いや否定の気持ちが湧いてくること自体は問題ではないし、どうにもすることは誰にもできません。
もしもあの時の私が、自分の心をもっと理解していたら、母の心まで理解できていたとしたら、それが自然な心の動きだと知っていたら・・・私はどんな行動をとっただろうと思いめぐらせてみました。
でも、やっぱり私は、時々ブレーキはかけられたかもしれないけど、母に厳しい言葉を投げたんじゃないか、癇癪を起したんじゃないか、結局は母を傷つけたんじゃないかなって思いました。
だとしたら、いつまでも母にした自分の悪い行いを悔いていても仕方がないと思いました。
あの時を学びにして、今から私が母にできることを考えればいい、見逃さないように変化を見ていてあげようと思いました。
母を傷つけた自分を責めて、償うように母にやさしくするより、心から母を愛したいと思いました。
それと、夫が自分の母親の老いていく様子に戸惑うことがあったら、私と縁のある人たちにもそんなことがあったら、できるだけ力になってあげたいとも思いました。
そんな風に思えること、そんな現実がもうすぐ目の前にあることに、私も年を取ったんだなぁとも思いました。
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あなたが、自分を責めてしまいませんように。
あなたが、大好きな人を心から愛せますように。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
