2022年03月

息子と娘、二人の卒業式。アクシデントで見えた校長先生の静かな優しさ、担任の先生の涙、そして純粋な子供たちの姿。大人になって変わった「涙のツボ」は、自分が誰かの応援団でありたいと願う心の証。桜満開の春、入学式を前に、今の「肯定的な心」を書きました。 ...

小学校の「今日のきらり」という素敵な習慣。娘が教えてくれた「1人で遊ぶ子への声掛け」や「おじいさんの自転車の手伝い」のエピソード。その裏側に隠されていたのは、母である私を安心させ、父を心配させないための、娘なりの深い配慮でした。優しさを受け取り、真っ直ぐに育つ子供の強さ。 ...

「きれいですよね」と返せた自分に、ホッとした夕暮れ。見知らぬ誰かとの小さな交流が、いつもの食卓を豊かにしてくれます。嬉しいことも、悲しいことも、誰かと分かち合えたなら、心はもう一人ぼっちではありません。なかやしのぶが大切にしている、日常の中の「愛の受け取り方」。 ...

満足にお風呂に入れなくなった認知症の母。入浴介助をする私に、母が湯船の中で語りかけた支離滅裂な言葉。でも、その声と表情からは、私を想う確かな「ご機嫌」が伝わってきました。記憶が消えても、嬉しい、楽しいという感情は最後まで残る。母の中に「私」がいる幸せを噛み締めた、ある日の記録。 ...

母がコロナになり、すべての仕事を休んで実家へ。不安な幕開けでしたが、そこには想像を超える「助け」が待っていました。荷物を運んでくれた運転手さん、奔走してくれた医師、支えてくれた家族。困難な時こそ、今ここにある恩恵に目を向けてみる。春の光のような温かな感謝に包まれた、介護の日々の記録。 ...

↑このページのトップヘ