こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
「どうせ私は愛されない」
その思いは、悲しみを越えて、怒りという形で現れることが多いものです。
夫に、「離婚したい」と言われた私は、まさにその状態でした。
本当は、ただ愛されたかっただけなのに・・・
それでも当時の私は、
どうしても怒りという感情を、手放すことができなかったのです。
その当時の私は、余命がいくらも残っていない、闘病中の父と、認知症の症状が出始めていた母の様子を見にいくために、まめに実家に帰る生活をしていました。
夫は、私が、父が死んでしまうことに、心を落としていることを、その上、母が認知症になってしまって、更に、不安でいることを、よく知っていました。
怒りに飲み込まれていた私
次第に私は、こんな時に、私を苦しめようとするなんて、こんなにも、子どもたちを傷つけるなんて、あんなに世話になった父の最後という時に・・・なんてひどいんだろう、
なんて意地悪なんだろう、と思うようになりました。
それから、だいたい夫が、仕事が思う存分できたのは、私が全部、家のことも、子供のことも引き受けていたからなのに、
夫がそれなりなのも、私がしっかりやってあげたからじゃない、
女の人が喜ぶ物や場所は、全部私が教えてあげたんじゃない、
それなのに、調子に乗ってんじゃないわよ、
そんな夫に手を出した浮気相手もバカ、
そんな夫をかくまっている夫のお母さんも狂ってる、
私は本当に、そう思いました。
夫ばかりが、いい思いをするなんて、許せない、夫の思い通りにはしない、夫も苦しめばいい、浮気相手も、夫のお母さんも、みんな苦しめばいい、そんな怒りが、どんどん湧いてきました。
それでも、捨てられるのが怖かった
でも、それと同時に、このまま夫が戻って来なかったら、このまま私も子供たちも捨てられてしまったら・・・どうやって生きたらいいだろう、子供たちと、母を、どう見ていけばいいだろう、そんな不安も感じました。
私は、色んな、相反する思いが駆け巡るぐちゃぐちゃな心で、夫に、「帰ってきて欲しい」と言いました。
なんでもするから、たくさん頑張るから、これまで以上に我慢するから、どうか元通りの毎日に戻して、と神様にも祈りました。
「離婚しかない」と、言われた日
だけど夫は、「離婚したい」と言ってきました。
「離婚しかないよ」「もう終わりだ」と言ってきたんです。
その言葉は、私の心を、更にえぐりました。
私が、カウンセリングを受け始めたのはこの頃です。
離婚を回避するために、できることは全部やった
もう本当に、心はぐちゃぐちゃでした、何をしても少しも心は休まりませんでした、私は、カウンセリングを頼る他なかったんです。
でもはじめの目的は、とにかく離婚を回避すること、元通りの生活にさえ戻れれば、離婚さえなくなればこの苦しみはなくなると思っていました。
だから私がしたのは、カウンセリングを受けることだけではありません。
探偵を雇って、浮気相手を突き止めるところまでやりました。
弁護士にも相談しました。離婚調停や裁判のことも、慰謝料や養育費の相場とか、現実的に困らないための知識をつけました。
サレ妻系のブログは片っ端から読んだし、浮気夫への接し方の高額なテキストを買ったこともあります。
浮気専門のカウンセリングや、セミナーも利用しましたし、そこで、され妻たちと知り合って、ランチやお茶をしたりもしましたそこに通い続けたら、うまくいくかもしれないって思いました。
でも、子どもたちがまだ小さくて、両親のところに通っていた私には、そこに使える時間は限られました。結局、続けることができなかったんです。
私に残った、最後の頼みの綱
私に残ったのは、子どもたちが寝てから受けられるカウンセリングサービスの電話カウンセリングだけでした。
子供を寝かしつけてから、遅い時間でも電話でカウンセリングできたのは、本当にありがたかった。
このカウンセリングが、私にとって、愛ある世界の入り口でした。
誰にも弱音を吐けなかった私
実は私、自分のことを心配してくれる親や妹、友達に、涙を流して、辛いって、もう無理だって言えなかったんです。
こうなったのは自業自得だと、夫に責められ、自分でも自分を責めていた私には、これ以上誰かにお説教されるのは無理だったんです。
だから、浮気する夫が悪くて、私は悪くない、浮気なんかで傷ついていないって、それより、母親として頑張る、そんな強気なことしか言えませんでした。
父がもう亡くなるという時に、心配かけるなんてもってのほか、平気だよ、大したことじゃないよって言うしかなかったし、
夫がいないから、お父さんに自由に会いに来られて、逆によかったんだよ、なんて言うしかありませんでした。
きっと痛々しく見えていたんじゃないかなって、今は思うけど、当時は、本当にそうしかできなかったんです。
はじめて、本音をこぼせた場所
でもカウンセラーには、弱音吐けました。
私はね、お金を払っているから、聞いてくれるよねって、お金は払うから、優しくして、責めないでって思いながら、好き勝手しゃべったんです。
本当は、夫に愛されたいって、愛されないのが、苦しい、辛い、消えてしまいたいって、ちゃんとやってきたのに、どうしてこんなことになっちゃたのって、親に心配かけて最低でしょ?私が悪いよね?って。
私だって子育てから離れて、自由な時間を持ちたい、私だって誰かと恋をしたい、甘えたい、大切にされたい、夫ばっかりずるいって、そんなことまで、思うままに言葉をこぼしました。
私は、カウンセリングで、日頃、吐き出したくても吐き出せない気持ちをこぼしまくったんです。
だけど、その時の私は、「愛されない」という思い込みが、
愛を止めていることも、自分をどれほど孤独にしているのかも、まだ気づいていませんでした。
