こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
「失恋は愛してもらえないからではなく、もう愛することができないことが苦しいんですよ」と、はじめて聞いた時、私はとてもびっくりしました。
まず愛することができない苦しみという発想が全くなかったし、愛されないことが苦しいと思っていたからです。
でも、その言葉通りだと思ったことがありました。
私と夫は、真剣に離婚を考えて別居している時期がありました。
その当時、私たちは、ケンカ状態でなかなか心穏やかに会話をすることができませんでしたから、夫婦の問題、子供の話題以外のことで思いを伝え合うことはとてもできませんでした。
私は、夫と仲たがいしている罪悪感もあって、よく子供たちをハイキングやキャンプに連れ出しました。
生活の場から離れて自然の中にいると、ほんの少し心が休まるような気がしていました。
子どもたちとはじめて歩く山道には、発見や感動がいくつもありました。それはきれいな草花、木や葉っぱの香り、小川の美しさ、木陰の涼しさ、山頂の景色、子どもたちの成長を感じる場面とか色々でした。
その当時の私は、あまり季節感だったり、色や匂いみたいなものを感じることはできなかったんですけれども、やっぱり自然の中にいると、きれいだなとそこに意識を持っていくことができたのです。
ある日、山に入って少し歩くと、しっとりと静かな場所に出ました。苔の緑と澄んだ小川の水が美しくて、瞬間的に「夫を連れてきたい」「夫が見たらきっと感動する」「夫はあまり旅行をしたことがない人だから」と思ったことがありました。そして瞬時に「もうそれは叶わないんだ」と涙が流れました。
そこで、愛することのできない苦しみとはこのことかと身に染みたのです。
それと同時に、私は夫を愛しているのだと感じたのでした。
そのまま山を登りながら、夫がいつも「君に見せたかったな」「君を連れていってあげたいんだ」「君にたべさせてやりたいよ」と言っていたと思い出しました。
それなのに私は、「子どもたちがいるから無理だよ」「子どもたち連れていけないから」と断ってばかりいたのです。
私は、自分がどれほど夫から愛されていたかと、夫に愛させないようにしていたのは自分だったのだと気づいたのです。
愛を拒絶され続けた夫がどんなに苦しかったのかを、自分が愛せなくなってはじめて思い知らされたのです。
私は、夫を苦しめていたことを知って、後悔しました。
子どもがいて行けなかったのだとしても、夫の思いに感謝することができたのにと。
夫を苦しめたこと、そのことを謝ることすら、謝罪さえ受け取ってもらえないと思うと胸が苦しくてたまらなくなりました。
それは、もう愛することができない苦しみでした。
その後、私たち夫婦は関係修復することができました。
あの出来事をきっかけに、私は夫へ自分の気持ちをたくさん感じていくことをしました。愛する気持ちが溢れてくるのと一緒にたくさんの涙を流しました。
それからやっと、夫へ気持ちを伝えていくことができました。閉じられた夫の心を開いて行くことは、簡単なことではありませんでしたが、真剣に何度も何度も思いを伝えていくうちに、夫との関係は変化していったのです。
もう二度と、夫にも自分にも、愛せない苦しみを与えないと思っています。
夫婦のこれからの人生は、愛し愛される喜びでいっぱいにしていきたいなと思っています。
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あなたと愛する人が、愛し愛される喜びで満たされますように。
最後まで読んでくださってありがとうございました。